2010年03月23日

コロンビア出発、日本へ

 みなさん、こんにちは。ついにこの日記を書く日が来てしまいました。そう2年間のコロンビア生活が終了してしまったのです。

 昨晩ボゴタを出発し、現在ヒューストンにて日記を書いています。

 人生のうちの2年間は決して短くはなく、つらいことも楽しいこともうれしいこともたくさんありました。これまた喜怒哀楽の激しいコロンビア人たちと過ごしていたのでその量は日本にいるときの10倍くらいはあったんじゃないでしょうか。

 野球に関しては今までたくさん書いてきたのでここではあえて触れないでおこうと思います。ひとつだけ書くとすれば、カリの野球連盟から『日本人からもっと野球を学びたい』という強い要望が出て後任のボランティアを募集することになったこと。これは僕が伝えたかったことを彼らが理解し始めた結果なのではないかと思います。隊員として後任を呼べるのは非常にうれしいことです。

 さて、コロンビアで過ごした2年間。コロンビアの何が良かったかと聞かれれば、私は間違いなく『コロンビア人』と答えます。日本では麻薬・ゲリラ・誘拐・殺人と悪いニュースしか排出しない国と思われがちですが、そういう一部の人たちを除いて大半のコロンビア人は本当に明るく親切で親切すぎておせっかいやきで、明るすぎてちょっとこっちがまいってしまうくらい底抜けに明るい、そんな人々です。カリニョッソという言葉の通り、男性とは握手やハグ、女性とはほっぺをくっつけてベソ(キス)したり抱擁したりと人々のつながりは本当に強かったなと思います。20歳を超えた息子が母親に毎日ベソして学校に向かう姿を見るとなんとも微笑ましいですね。特にカリの人たちは本当に親切で大好きになりました。

 そしてカリと言えばなんといってもサルサ!!サルサが踊れなければカリ人じゃないと言わんばかりにみんなサルサを踊ります。僕も何度となくディスコテカにはお世話になりました。カリを出る前に開いてくれたお別れ会も当然のようにみんなで踊り、たくさんの選手のおかんたちと踊ったな〜。サルサ・バチャータ・メレンゲ・バジェナート・・・コロンビアのディスコテカはまさに楽園でした。17歳の娘が父親と普通に踊る、日本では考えられない光景にやはり家族の絆を強く感じる瞬間でした。

 そして最後は何と言ってもコロンビアの美女たち〜!!美人の国と言われているコロンビアですが、それは紛れもない事実でした。友達も美人、街ゆくそこの女性も美人、商品の宣伝をしている街の売り子も美人!!

 みんなが言ってくれる、『トモ、日本に帰るな。もっとコロンビアにいてくれ。もう少し期間を延長できないのか?たとえ日本に帰ってしまってもまたすぐ会えるよな?』って。そして僕の頭の中もすでにラテンになっているので『もう一生会えないかも』なんて絶対言わない。『おれはあと50年は生きるからね、みんなも何十年もまだ生きるでしょ?そしたら絶対また会えるって。てかすぐに戻ってくるよ!!』実際にはもう会わない人もいるかもしれない、でもラテンでは悲しいことは考えず常に楽観的に発言する。そうすることによってみんなが明るく生きられる。

 人生の楽しみ方をコロンビア人に教えてもらったな〜って心から感謝、野球を教えるなんていうてコロンビアに来て、逆にコロンビア人に人生の楽しみ方を学ばしてもらった。

 日本到着翌日から帰国研修を行って週明けには大阪に戻ります。2年間あたたかく見守って下さったみなさん、本当にありがとうございました。2年間元気に過ごし任期を全うし日本に戻れることを本当にうれしくおもいます。

 今後の人生は、じっくり考えます。野球を通じて開発途上国で生活する機会を4年間もいただきました。アジア、アフリカ、南米・・・、貧しいと言われる人々は決して心まで貧しいわけではなく、さまざまな問題を抱えつつも力強くたくましく、時には荒々しく生き続けています。できれば彼らのために野球というツールにとらわれず今後も働いていきたい。そんなことを漠然と思いつつヒューストンから成田行きの飛行機に乗る自分がここにいます。

 とにかく、みなさんありがとうございました。コロンビアでの生活は終わりましたが、新たな人生を力強く踏み出したいと思います。今後ともよろしくお願いします。


posted by 魚 at 21:45| Comment(31) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

第4回(最終)Copa de Tomo開催

 炎天下のカリで最後のコパを開催しました。盛り上がった決勝戦、最終回の裏4対3。2アウト2・3塁、ヒット1本で逆転サヨナラの場面・・・、しかしカウントは2ストライク。球審をしていた僕はこの時間が終わってほしくないとマスクの下で涙を流しながら最後の投球を待ち構えていました。

 6チームが参加を表明した最後のコパ。なのに田舎のチームは頼んでいたバスを前日にバレーに取られて行けなくなった、メンバー表に入っている選手が9人そろわないチームがあるなど、相変わらずのコロンビアでグダグダの展開。それでも最後は盛り上がるのがコロンビア。決勝はマリネーロス対トロネグロ。

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 試合は予想に反し、マリネーロスがじりじり点差を広げる。実力はトロネグロが上だがチームとしてはマリネーロスが機能している。1点ずつ着実に得点し4対0とリードを広げたマリネーロス。5回、日本にも行ったマルロン・ペレアが反撃の口火を切りレフト戦に痛烈なタイムリー3塁打。しかしペレアの足は緩い相手投手の球に対応するために打席の前の方に立っていたが、踏み出した足が完全に打席から出ておりアウトの判定。得点は無効に。それでも6回タイムリーなどで3点を返したトロネグロは4対3とし最終回の攻撃を迎える。

 マリネーロスとトロネグロは僕とつながりの深い2チームだ。最初にカリに見学に訪れた時、窓口になってくれたのがマリネーロスの人たちだった。親切に対応してくれ教えに来てほしいと熱心にカリに誘ってくれた。彼らの熱烈な誘いのお陰でカリに来ることを決心できた。しかし、マリネーロスと野球協会は反目しあう関係でカリに来たあとは野球協会に籍を置かなくてはいけなかったので、彼らになかなか協力することができず申し訳ない気持ちでいっぱいだ。マリネーロスからは2人が日本遠征に行った。

 対するトロネグロは才能豊かな選手が多く県選抜に選ばれている選手が多いため、選手との関係が非常に深いチームだった。日本遠征メンバーには4人が選ばれた。だが個性が強すぎてチームとしてはめちゃくちゃ。いかにも南米のチームだ。

 最終回、グラウンドを見渡すと一緒に野球をしてきた子供たちが真剣な顔で白球を追っている。スタンドを見るといつも明るく接してくれた親たちがこちらもいつも通りハイテンションで声援を送っている。ふとカルタヘナの日々もよみがえり、コロンビアでの2年間が走馬灯のように流れる。まだまだこいつらと一緒に野球がしたい。でも試合はすでに最終回の裏、1点差、2アウト2・3塁、カウントは2ストライク。ストライクがきても、ヒットを打っても試合が終わってしまう。

 マリネーロスの投手が渾身のストレートを外角低めいっぱいに投げ込む。バッターは手が出ない。まだまだ試合を続けたいという僕の思いとは逆に、僕の右手は高く上がり『ストライク、バッターアウト!!』と叫んでいた。

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 マリネーロス、トロネグロ。最後の最後に素晴らしい試合をありがとう。4回のCOPAで38チームが参加してくれた大会の最後にふさわしい試合でした。参加してくれた各チーム、そして大会をサポートしてくれたコロンビアの人々、さらに今週はボゴタから自腹で飛行機に乗って応援に来てくれた2人の日本人にも心から感謝しています。

 いよいよ明日は最後の練習。いつも通り快晴の下、元気に野球ができればいいな。まだまだ一緒に野球したいけど、まだまだもっといっぱい一緒に笑って過ごしたいけど、どうやら2年間というのはあっという間に過ぎて行ってしまったみたいです。


posted by 魚 at 15:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月05日

第3回COPA DE TOMO開催

 帰国の日が迫ってきました。活動も残すところ10日ほど。帰国は3月24日です。活動の最後の締めはやはりCOPA DE TOMO!!2月26日から28日まで13・14歳の大会を開催しました。今週末15〜18歳の大会が締めくくりになります。

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 13・14歳の大会には6チームが参加しました。大会の趣旨は規律を野球の中で学ぶということです。勝てばいい、強ければいいというものではない、協調性や規律さらには道具を大事にする気持ちがなければ意味がない。そういう僕の思いを理解してくれるコロンビア人たちと大会を企画しました。

 カルタヘナで開催した時はそんなことを理解できない人たちばかりで結局自分で全部準備していましたがカリは違う、日本へ行った相棒のブエンディアが一番の理解者で僕が段取りをして彼が中心となって実行する。日本人だけで運営しないから周りのコロンビア人もつられて取り組むという好循環がそこにはあったと思います。

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 主な特別ルールは、試合の1時間前に到着し45分前にアップ開始とスターティングメンバー提出。できない場合は2点減点。道具を投げる、暴言を吐くなどの行為は1点減点。このルールは準備をしっかりして、試合で100%の力を出してほしいという思いからです。普段コロンビアではみなさん試合の5分前到着ですから(笑)。その他に投手は10秒以内に投球、グラウンド内は駆け足で移動など試合のスピードアップにも取り組みました。保護者は必ずスタンドから応援し、相手チームや審判への野次は禁止。保護者も基本的に南米のノリで野次は汚い、審判への暴言も多い、しかもスタンドで観戦せずグラウンドに降りてくるのでそこの改善に努めました。

 金曜日の第1試合から、学校が終わってからというのに子供たちは1時間半前にはグラウンドでアップを始めていました。やればできるやん、コロンビア(笑)。感心感心。

 アストロズ対ガラクティコスの第1戦に始まり、準決勝のマリネーロス(マリナーズ)対ガラクティコス、3位決定戦のアストロズ対マリネーロスと好ゲームも意外と多く企画したかいがあったな〜と思いました。

 特に準決勝は最終7回を終わって4−4の同点。残念ながらマリネーロスが1時間前に9人選手がそろっていなかったため2点減点になりガラクティコスが決勝進出になりました。

 『1時間前に来なかったことがなんや?関係ないやろ?試合は同点やないか?』っていうのがコロンビア人ですが、マリネーロスのコーチは『ルールを守れなかった僕たちが悪い。試合の前に十分な準備をすることは当然だ。今回減点ルールで負けたことは僕たちの将来に必ず役立つことだ』と。完全に大会趣旨を理解してくれています。

 そうレベルは確かにカルタヘナより低い。でも僕が伝えたいことをカリの人たちは本当に理解し実践してくれている。各チームもそうやし、同僚のコーチたちもそう。レベルが低くとも正しい野球をすることで、選手もコーチも親たちも勝ったチームも負けたチームもみんないい顔をして球場を去って行った。それでいいんです。そしたらいずれ実力も伴ってくるんです。

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 決勝戦はガラクティコス対ボリーバル。ガラクティコスは13歳以下しかいない新生。やや貧しい家庭の子が多く、肌の色がみんな濃い。その分身体能力は高い。対するボリーバルはカリで1・2を争うお金持ち学校。白人ばっかりで親もエレガントだ。組み合わせ抽選でラッキーなくじを引き決勝まで勝ち進んだ。それもこれもコロンビアではお金持ちはスポーツなんてしないのに、この学校の先生が野球を通じて何かを学んでほしいという思いがあり、毎年負けてばっかりだが地道に指導し続けているたまものだ。逆にガラクティコスは厳しい山を勝ち抜いてきた。

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 予想通り、決勝はガラクティコスの滅多打ちでコールドになった。しかし、この大会では実力は二の次である。各チームが正々堂々と戦う。規律を守り、協調性を持ち、道具を大事にして一生懸命野球をやることに意義がある。そういう意味では決勝にふさわしかったと思う。

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 参加してくれた各チーム、ありがとう。そしてこの企画を共に実行してくれた野球協会のコーチたち、そしてほかの町から自腹で飛行機に乗って手伝いに来てくれた隊員たちに心からありがとうといいたい。

 この大会を企画してやっぱり野球はいいと思った。みんな真剣でいい。そして野球の中でたくさんのことが学べる。今週末は第4回COPA DE TOMO。暑い日差しの中で熱い野球がしたい。活動も残すはあと10日。

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posted by 魚 at 23:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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