2010年03月23日

コロンビア出発、日本へ

 みなさん、こんにちは。ついにこの日記を書く日が来てしまいました。そう2年間のコロンビア生活が終了してしまったのです。

 昨晩ボゴタを出発し、現在ヒューストンにて日記を書いています。

 人生のうちの2年間は決して短くはなく、つらいことも楽しいこともうれしいこともたくさんありました。これまた喜怒哀楽の激しいコロンビア人たちと過ごしていたのでその量は日本にいるときの10倍くらいはあったんじゃないでしょうか。

 野球に関しては今までたくさん書いてきたのでここではあえて触れないでおこうと思います。ひとつだけ書くとすれば、カリの野球連盟から『日本人からもっと野球を学びたい』という強い要望が出て後任のボランティアを募集することになったこと。これは僕が伝えたかったことを彼らが理解し始めた結果なのではないかと思います。隊員として後任を呼べるのは非常にうれしいことです。

 さて、コロンビアで過ごした2年間。コロンビアの何が良かったかと聞かれれば、私は間違いなく『コロンビア人』と答えます。日本では麻薬・ゲリラ・誘拐・殺人と悪いニュースしか排出しない国と思われがちですが、そういう一部の人たちを除いて大半のコロンビア人は本当に明るく親切で親切すぎておせっかいやきで、明るすぎてちょっとこっちがまいってしまうくらい底抜けに明るい、そんな人々です。カリニョッソという言葉の通り、男性とは握手やハグ、女性とはほっぺをくっつけてベソ(キス)したり抱擁したりと人々のつながりは本当に強かったなと思います。20歳を超えた息子が母親に毎日ベソして学校に向かう姿を見るとなんとも微笑ましいですね。特にカリの人たちは本当に親切で大好きになりました。

 そしてカリと言えばなんといってもサルサ!!サルサが踊れなければカリ人じゃないと言わんばかりにみんなサルサを踊ります。僕も何度となくディスコテカにはお世話になりました。カリを出る前に開いてくれたお別れ会も当然のようにみんなで踊り、たくさんの選手のおかんたちと踊ったな〜。サルサ・バチャータ・メレンゲ・バジェナート・・・コロンビアのディスコテカはまさに楽園でした。17歳の娘が父親と普通に踊る、日本では考えられない光景にやはり家族の絆を強く感じる瞬間でした。

 そして最後は何と言ってもコロンビアの美女たち〜!!美人の国と言われているコロンビアですが、それは紛れもない事実でした。友達も美人、街ゆくそこの女性も美人、商品の宣伝をしている街の売り子も美人!!

 みんなが言ってくれる、『トモ、日本に帰るな。もっとコロンビアにいてくれ。もう少し期間を延長できないのか?たとえ日本に帰ってしまってもまたすぐ会えるよな?』って。そして僕の頭の中もすでにラテンになっているので『もう一生会えないかも』なんて絶対言わない。『おれはあと50年は生きるからね、みんなも何十年もまだ生きるでしょ?そしたら絶対また会えるって。てかすぐに戻ってくるよ!!』実際にはもう会わない人もいるかもしれない、でもラテンでは悲しいことは考えず常に楽観的に発言する。そうすることによってみんなが明るく生きられる。

 人生の楽しみ方をコロンビア人に教えてもらったな〜って心から感謝、野球を教えるなんていうてコロンビアに来て、逆にコロンビア人に人生の楽しみ方を学ばしてもらった。

 日本到着翌日から帰国研修を行って週明けには大阪に戻ります。2年間あたたかく見守って下さったみなさん、本当にありがとうございました。2年間元気に過ごし任期を全うし日本に戻れることを本当にうれしくおもいます。

 今後の人生は、じっくり考えます。野球を通じて開発途上国で生活する機会を4年間もいただきました。アジア、アフリカ、南米・・・、貧しいと言われる人々は決して心まで貧しいわけではなく、さまざまな問題を抱えつつも力強くたくましく、時には荒々しく生き続けています。できれば彼らのために野球というツールにとらわれず今後も働いていきたい。そんなことを漠然と思いつつヒューストンから成田行きの飛行機に乗る自分がここにいます。

 とにかく、みなさんありがとうございました。コロンビアでの生活は終わりましたが、新たな人生を力強く踏み出したいと思います。今後ともよろしくお願いします。


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2010年03月11日

第4回(最終)Copa de Tomo開催

 炎天下のカリで最後のコパを開催しました。盛り上がった決勝戦、最終回の裏4対3。2アウト2・3塁、ヒット1本で逆転サヨナラの場面・・・、しかしカウントは2ストライク。球審をしていた僕はこの時間が終わってほしくないとマスクの下で涙を流しながら最後の投球を待ち構えていました。

 6チームが参加を表明した最後のコパ。なのに田舎のチームは頼んでいたバスを前日にバレーに取られて行けなくなった、メンバー表に入っている選手が9人そろわないチームがあるなど、相変わらずのコロンビアでグダグダの展開。それでも最後は盛り上がるのがコロンビア。決勝はマリネーロス対トロネグロ。

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 試合は予想に反し、マリネーロスがじりじり点差を広げる。実力はトロネグロが上だがチームとしてはマリネーロスが機能している。1点ずつ着実に得点し4対0とリードを広げたマリネーロス。5回、日本にも行ったマルロン・ペレアが反撃の口火を切りレフト戦に痛烈なタイムリー3塁打。しかしペレアの足は緩い相手投手の球に対応するために打席の前の方に立っていたが、踏み出した足が完全に打席から出ておりアウトの判定。得点は無効に。それでも6回タイムリーなどで3点を返したトロネグロは4対3とし最終回の攻撃を迎える。

 マリネーロスとトロネグロは僕とつながりの深い2チームだ。最初にカリに見学に訪れた時、窓口になってくれたのがマリネーロスの人たちだった。親切に対応してくれ教えに来てほしいと熱心にカリに誘ってくれた。彼らの熱烈な誘いのお陰でカリに来ることを決心できた。しかし、マリネーロスと野球協会は反目しあう関係でカリに来たあとは野球協会に籍を置かなくてはいけなかったので、彼らになかなか協力することができず申し訳ない気持ちでいっぱいだ。マリネーロスからは2人が日本遠征に行った。

 対するトロネグロは才能豊かな選手が多く県選抜に選ばれている選手が多いため、選手との関係が非常に深いチームだった。日本遠征メンバーには4人が選ばれた。だが個性が強すぎてチームとしてはめちゃくちゃ。いかにも南米のチームだ。

 最終回、グラウンドを見渡すと一緒に野球をしてきた子供たちが真剣な顔で白球を追っている。スタンドを見るといつも明るく接してくれた親たちがこちらもいつも通りハイテンションで声援を送っている。ふとカルタヘナの日々もよみがえり、コロンビアでの2年間が走馬灯のように流れる。まだまだこいつらと一緒に野球がしたい。でも試合はすでに最終回の裏、1点差、2アウト2・3塁、カウントは2ストライク。ストライクがきても、ヒットを打っても試合が終わってしまう。

 マリネーロスの投手が渾身のストレートを外角低めいっぱいに投げ込む。バッターは手が出ない。まだまだ試合を続けたいという僕の思いとは逆に、僕の右手は高く上がり『ストライク、バッターアウト!!』と叫んでいた。

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 マリネーロス、トロネグロ。最後の最後に素晴らしい試合をありがとう。4回のCOPAで38チームが参加してくれた大会の最後にふさわしい試合でした。参加してくれた各チーム、そして大会をサポートしてくれたコロンビアの人々、さらに今週はボゴタから自腹で飛行機に乗って応援に来てくれた2人の日本人にも心から感謝しています。

 いよいよ明日は最後の練習。いつも通り快晴の下、元気に野球ができればいいな。まだまだ一緒に野球したいけど、まだまだもっといっぱい一緒に笑って過ごしたいけど、どうやら2年間というのはあっという間に過ぎて行ってしまったみたいです。


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2010年03月05日

第3回COPA DE TOMO開催

 帰国の日が迫ってきました。活動も残すところ10日ほど。帰国は3月24日です。活動の最後の締めはやはりCOPA DE TOMO!!2月26日から28日まで13・14歳の大会を開催しました。今週末15〜18歳の大会が締めくくりになります。

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 13・14歳の大会には6チームが参加しました。大会の趣旨は規律を野球の中で学ぶということです。勝てばいい、強ければいいというものではない、協調性や規律さらには道具を大事にする気持ちがなければ意味がない。そういう僕の思いを理解してくれるコロンビア人たちと大会を企画しました。

 カルタヘナで開催した時はそんなことを理解できない人たちばかりで結局自分で全部準備していましたがカリは違う、日本へ行った相棒のブエンディアが一番の理解者で僕が段取りをして彼が中心となって実行する。日本人だけで運営しないから周りのコロンビア人もつられて取り組むという好循環がそこにはあったと思います。

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 主な特別ルールは、試合の1時間前に到着し45分前にアップ開始とスターティングメンバー提出。できない場合は2点減点。道具を投げる、暴言を吐くなどの行為は1点減点。このルールは準備をしっかりして、試合で100%の力を出してほしいという思いからです。普段コロンビアではみなさん試合の5分前到着ですから(笑)。その他に投手は10秒以内に投球、グラウンド内は駆け足で移動など試合のスピードアップにも取り組みました。保護者は必ずスタンドから応援し、相手チームや審判への野次は禁止。保護者も基本的に南米のノリで野次は汚い、審判への暴言も多い、しかもスタンドで観戦せずグラウンドに降りてくるのでそこの改善に努めました。

 金曜日の第1試合から、学校が終わってからというのに子供たちは1時間半前にはグラウンドでアップを始めていました。やればできるやん、コロンビア(笑)。感心感心。

 アストロズ対ガラクティコスの第1戦に始まり、準決勝のマリネーロス(マリナーズ)対ガラクティコス、3位決定戦のアストロズ対マリネーロスと好ゲームも意外と多く企画したかいがあったな〜と思いました。

 特に準決勝は最終7回を終わって4−4の同点。残念ながらマリネーロスが1時間前に9人選手がそろっていなかったため2点減点になりガラクティコスが決勝進出になりました。

 『1時間前に来なかったことがなんや?関係ないやろ?試合は同点やないか?』っていうのがコロンビア人ですが、マリネーロスのコーチは『ルールを守れなかった僕たちが悪い。試合の前に十分な準備をすることは当然だ。今回減点ルールで負けたことは僕たちの将来に必ず役立つことだ』と。完全に大会趣旨を理解してくれています。

 そうレベルは確かにカルタヘナより低い。でも僕が伝えたいことをカリの人たちは本当に理解し実践してくれている。各チームもそうやし、同僚のコーチたちもそう。レベルが低くとも正しい野球をすることで、選手もコーチも親たちも勝ったチームも負けたチームもみんないい顔をして球場を去って行った。それでいいんです。そしたらいずれ実力も伴ってくるんです。

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 決勝戦はガラクティコス対ボリーバル。ガラクティコスは13歳以下しかいない新生。やや貧しい家庭の子が多く、肌の色がみんな濃い。その分身体能力は高い。対するボリーバルはカリで1・2を争うお金持ち学校。白人ばっかりで親もエレガントだ。組み合わせ抽選でラッキーなくじを引き決勝まで勝ち進んだ。それもこれもコロンビアではお金持ちはスポーツなんてしないのに、この学校の先生が野球を通じて何かを学んでほしいという思いがあり、毎年負けてばっかりだが地道に指導し続けているたまものだ。逆にガラクティコスは厳しい山を勝ち抜いてきた。

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 予想通り、決勝はガラクティコスの滅多打ちでコールドになった。しかし、この大会では実力は二の次である。各チームが正々堂々と戦う。規律を守り、協調性を持ち、道具を大事にして一生懸命野球をやることに意義がある。そういう意味では決勝にふさわしかったと思う。

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 参加してくれた各チーム、ありがとう。そしてこの企画を共に実行してくれた野球協会のコーチたち、そしてほかの町から自腹で飛行機に乗って手伝いに来てくれた隊員たちに心からありがとうといいたい。

 この大会を企画してやっぱり野球はいいと思った。みんな真剣でいい。そして野球の中でたくさんのことが学べる。今週末は第4回COPA DE TOMO。暑い日差しの中で熱い野球がしたい。活動も残すはあと10日。

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2010年01月27日

これぞ協力隊活動(喜)、これぞ南米(哀)

 みなさん、こんにちは。残り2カ月の任期を切り猛ダッシュの阪長です。あれやこれやいろんなこと企画しています。

 まずは2月末、3月初めに開催予定のコパ・デ・トモ(トモカップ)の説明会を各チームに行いました。

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 この大会は子供たちならびに指導者や保護者に試合の中で規律や協調性を学んでもらおうというもので、僕が主催し特別ルールをたくさん使用します。

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 例えば、時間の守れないコロンビア人のために、
 試合時間の1時間前に到着し45分前にはメンバー表を交換しウォーミングアップを開始する。1時間前に来ていない選手は3回終わるまで試合に出れない。

 例えば道具を大事にできないコロンビア人のために、
 道具を投げたら1点減点。

 試合時間が長くだらだらした試合が多いことを改善するために、
 投手は10秒以内に投げなければボーク。

 グラウンドを自分たちできれいにするという考え方がないコロンビア人のために、
 試合後は各チーム数人ずつを出しトンボでグラウンド整備、などなど。

 金曜日5時から開いたミーティングにはほぼ全チームが時間通りに集合(これ、コロンビアでは奇跡)、そして僕の思いをしっかり理解してくれている野球協会が主になって特別ルールの説明をし各指導者たちも真剣に聞き、質問も積極的に飛び交っていました。

 翌土曜日はトンボ作り。これコロンビアに来た時からやりたかったんです。

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 コロンビアの選手や指導者たちはグラウンドに感謝するという気持ちがない。日本人のようにグラウンドがあるから野球ができるという感謝の気持ちはなく、グラウンド整備もせずにイレギュラーしたらボールが跳ねたからおれは悪くない、グラウンドが悪いんだ、といった具合です。いやいやそうじゃないでしょ。

 成長するためには言い訳をする環境を極力減らすんです。トンボを作り、自分たちでグラウンド整備をして、自分たちでイレギュラーしないグラウンドを作る。ボールが跳ねるのは整備していない我々が悪いんです。

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 で、木材を購入し、のこぎり、釘、金槌、やすりを駆使しトンボを作りました。
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 同期の藤井バスケット隊員も手伝ってくれ、

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 思いもよらず、野球協会会長の旦那さんや息子、

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 そして同僚のコーチたちも手伝いに来てくれて2時間ちょっとで18本も完成しました。

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 大会の説明会にしろ、トンボ作成にしろ、こちらがアイデアを出し、初めの一歩を実行することによって現地の人々が自主的に手伝いに来て、ともに努力していく。隊員だけで1人でやってしまうのではなく、現地の人々がそれに自主的に行動し成長していく。これぞまさに協力隊の活動やな〜としみじみ思いました。

 今日、月曜日、グラウンドに来てトンボが完成していることをみた子供たち(特に日本遠征に行った子供たち)は僕が何も言わなくても練習前におもむろにトンボを使ってグラウンド整備を始める。

 『トモ、ダメだ〜、このグラウンドは日本と違って石が多すぎる〜。』

 『そしたら石拾いを30分しよう。』

 今日は練習の最初の1時間を使って石拾いとグラウンド整備をした。たまにはいいよ、こういうことに時間を割くのも大切や。

 その後ウォーミングアップを終えきれいなグラウンドでノックを始める。うん、やっぱり自分たちできれいにしたグラウンドで野球するのは気持ちいい。そんなノックの途中に事件は起きた。

 外野のフェンスを乗り越えて5・6人の子供ら(10歳から13歳くらい)がこちらに向かってくる。うちの選手らが反応しベンチに戻りバットを握り向かおうとする。

 おいおい。ちょっと待たんかい。こっちはなんやさっぱり意味がわからん。とりあえず止めに入る。選手にバットを捨てて事務所の方に行けと言い、入ってきた奴らには何をしに来たのかきく。おれらの兄弟が殴られたから仕返しに来たと言っている。

 奴らは興奮しきっている、しかも刃渡り15センチくらいのナイフまでもってやがる。おれは大人やし、バットも持っているしおれには振り回してこうへんやろうと考え、とりあえず止めに入る。ほかに大人はいない。うちの選手は刃物を見て事務所の方へ逃げる。

 とりあえずこれで収まったと思ったが、逃げ遅れていたうちの子供がいて、刃物を振り回される。5回ほど振り回されて指を切られ血が流れた。かわいそうだが指の切り傷で済んで本当によかった。そこで他の大人も出てきて奴らは逃げて行った。

 どうやら、うちの選手の言い分によると先週木曜日にうちの選手一人(今日は来ていなかった)が道でそいつらに襲われ物をとられそうになったらしい。そこでやつらを殴り逃げた。その後もやつらは野球場の塀からちょっかいを出し、下半身を出し挑発していたらしい。そしてうちの選手が我慢できずにまた殴ったらしい。その腹いせにその仲間らがきたらしい。

 やつらは学校にも行かず、道でふらふらしている子供たちのようだ。同一犯とは思わないが2カ月ほど前、野球場のすぐ横で白昼堂々強盗が時計を奪おうとし拒否した男性を拳銃で殺した。子どもの水泳の大会に他県から来た保護者で、かわいそうに子供の前でその男性は殺された。最近野球場の周りは本当に危ない。この土曜日も女性が襲われたらしい。全て目の前の道だ。

 コロンビアの貧富の差は半端なくそれが原因で事件は多い。やつらは山裾に住む貧しい地域から下りてくる。元々貧しい家庭に生まれ世の中の理不尽を嘆く。貧しい家庭に生まれて、金がなく親は学校にも生かしてくれない。親に暴力をふるわれて家出するしかない。親が蒸発しどこにいるかもわからない。そんな家庭に生まれ、金持ちもいる町でともに暮らす。理不尽を肌で感じているから、やつらは怖いものなどない。失うものが何もないからやつらは平気で刃物や拳銃を持ち、平気で傷つけそして殺す。

 やつらは悪い。親も悪い。うちの選手が傷つけられてくやしい。でももしおれが、コロンビアのボロ屋に生まれ親に仕事がなく学校にいかしてもらえず、両親ともに蒸発し拾われた家では暴力をふるわれる、そんな境遇やったら自分でどうしているかはわからない。

 理不尽を嘆き、幸せそうに暮らす家族をうらやみ、学校にも通えず未来の希望を失い、その場の空腹をごまかすためにドラッグに走り、理不尽である世の中が悪いという言い訳を作り平気で金持ちを武器を持って襲っていたのかもしれない。

 すべての人間から欲というものがなくならない限り平和は訪れず、それは永遠にこないのであろう。

 刃物を振り回しけがをさせたやつらは悪い。でも奴らだけが悪いわけではない。とにかくうちの選手の怪我が最小限で済んでよかった。でも、野球場の周りで殺人事件が起きたり、少年ギャングが刃物を持って襲ってきたり、自分も拳銃強盗に遭ったり、つくづくここは南米だな〜と客観的にしみじみ思う自分がいる。


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2010年01月18日

小さなお客さん、そしてなんというこのギャップ

 正月ボケのコロンビア。1月はまだまだコロンビア人は仕事をする気がなく・・・、僕はそうは言っていられないので勝手に練習を1人で指導し始め、子供たちと毎日野球して戯れています。活動も残すところ実質7週間かな。まだまだやることいっぱい。

 そんな先週金曜日の練習中に1人の小さなやせ細った女の子とお父さんが練習中の私たちに挨拶がしたいとやってきました。集合!!子供たちを僕が集めるとお父さんが話し始める。

 『この子は私の娘で13歳だ(体はやせ細っていてもっと小さく見える)。いつもあなたたちが練習している野球場のとなりのローラースケート場でローラースケートの練習をずっとしていた(コロンビアではスケートはかなり盛んなスポーツ)。元気だったんだがある時、我が家によくわからない男が侵入しこの子を強姦した揚句、HIVウイルスをうつしたんだ。彼女はエイズを発症しもう数カ月しか生きられないらしい。これから大好きな母親が暮らすボゴタに上がり母親のそばで彼女は人生を終える。カリを出る前にみなさんにお別れの挨拶がしたくてここに連れてきた。どうかみなさん彼女の手を握りお別れのあいさつをしてあげてほしい。』父親は涙ながらに私たちにそう言った。選手や僕と握手を交わし女の子とお父さんは去って行った。言葉にならなかった。なんとか助かってほしい。でも助からないのか??

 その日の練習後、知り合いに誘われてディスコに行く。ディスコ街はいつものように盛り上がり、幸せいっぱいの顔したコロンビア人が今日も踊る、踊る。彼らは日本人より遥かに幸福度が高い。誰もが『コロンビア最高だ!』と言い、コロンビア人として生まれてきたことを喜び、コロンビア人であることに誇りを持っている。昼間のような悲しいニュースや、ゲリラや麻薬・誘拐・治安の悪さそして貧困は日本のそれより遥かに悪い状況にもかかわらず愛国心は異常なほどだ。

 コロンビアにいると、貧しさも富も、明るさも暗さも、安全も危険も、何もかもが背中合わせで、何が正しくて何が間違っているかなんてわからなくなってくる。まあでもそれがコロンビアそのものなのかなと2年近くたってしみじみ思う。

 最初は、言い訳ばかりで仕事をせず、計画も全くたてない、約束なんてあってないようなもの、プライドが高く人の話も聞かない、聞いても自分は努力しない、自己中心で人に迷惑をかけても気にしない、そんなコロンビア人に苛立っていた。でもいつの間にかアミーゴの世界にどっぷりつかりその日その日を全力で楽しみ、仕事よりも家族や恋人を大事にするコロンビアにすっかりなじみ、自分もいい加減な人間になってしまったが、その分コロンビアを好きになりコロンビア人を好きになっていた。あと2カ月少しで日本に戻る。おれは日本人に戻れるか、今後の人生はどうなるのか、少し不安であるが、『ま、そんなもんなんとでもなるようになるわ〜。気にせずコロンビアにいる間はコロンビアを楽しめよ〜。』とすっかりコロンビア人になったもうひとりのおれがお気楽につぶやき眠気が襲ってくる。

 いいことも悪いこともひっくるめて、コロンビア最高。おやすみなさい。
 
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2010年01月14日

2010年始動。そしてあと2カ月。

 みなさん、こんにちは。1か月以上ブログほったらかしですみませんでした。昨日よりやっと今年の練習がスタートしました。スタートしたというより無理やり始めました。というのは・・・。

 コロンビアは国も県も市も新年度の1月に入ってから予算を決め始めるんです。同僚のコーチたちは県のスポーツ局所属でそこから給料が払われるシステムなんですが、1月早々は県の予算が決まってないから契約にサインができないんです。下手したら2月・3月までほったらかし。その分給料は当然払われません。

 要するにコロンビアではスポーツに係わらずいろんなところでいろんな人たちが年初めの1カ月か2カ月、行政の予算が立たず契約できないため働けない。毎年そうやって1カ月から下手したら3か月ほど時間を無駄に過ごすんです。なんじゃそれ、そんなもん12月中に全部やっとけやと思うのが日本人ですがコロンビア人はそうはいかない。なんせ行き当たりばったりですから3日後のことも考えていませんから。行政も同じです。

 じゃあうちの野球はというと昨日は指導者僕1人でスタートしました。ほかのコーチは??他のコーチもサインできなくてもとりあえず教え始めればいいやん??給料はあとでもらえるやろ??というのが日本人感覚でコロンビアでサインする前に仕事を始めると、こいつはタダで働いてくれると判断されサインがどんどん先延ばしになり下手したら半年以上タダ働きをさせられる。ちなみに去年も2カ月に1回(もちろん1カ月分の給料)しか払われなかったらしいです。一番物入りの12月分の給料も払われておらず、当然のように県は払う気がないでしょう。

 もうほんま頼むで〜。日本では当たり前のことが当たり前ではない。でもやりたいことはいっぱいあるし僕の活動もあと2カ月しかないので・・・。あと2カ月でやることは・・・。

 1 看板作り(子供たちが日本遠征で学んだノルマを大きな看板に書きグラウンドに備え付ける。)

 2 トンボ作り(子供たちが自らグラウンド整備ができるように10本のトンボを作成。)

 3 第3回、第4回のコパ・デ・トモ開催

 4 日本遠征の本づくり(子供たちが日本で学んだことを忘れないように、そしていけなかった子供たちも勉強できるように、スペイン語で日本遠征の冊子作り)

 うわ〜、やることいっぱい。なんとかあと2カ月でやりきるぞ〜。

 あ、帰国報告もつくらなあかん・・・。ちょっとエンジンかけていきます。
posted by 魚 at 23:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月04日

日本遠征実現

 
 みなさん、こんにちは。日本遠征から無事帰国しました。それもこれもみなさんのご協力があったからこそです。本当にありがとうございました。

 子供たちは日本でたくさんのことを学び、体で感じ、そして日本が大好きになったようです。それが証拠に大半の子供が『コロンビアに帰らずに日本に住んで、ここで野球がしたい。』というようになりました。そんな素敵な日本遠征になったことを非常にうれしく思いますし、みなさんのご協力に感謝の一言です。

 少し長くなりますが1日ずつ写真とともに紹介していきたいと思います。

 11月16日(月・祝)

 軽い練習を済ませて、壮行会が開かれる。なぜかJICAと野球連盟の合同垂れ幕を親たちが作って自慢げに『これいいだろう?』と100回くらい聞かれる。

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 ユニフォームがとっくに届いているはずだったのに、出来上がったなく、夕方取りに行くができてなく、明日出発当日の朝受け取ることになる。


 11月17日(火)

 出発2時間前、カリ空港集合。コーチと一人の親がユニフォームを取りに行くが一部出来上がってないらしくボゴタに空輸するらしい。ほんまコロンビアの会社って・・・。コーチと親が遅刻したため、かなりぎりぎりのチェックイン。しかもアビアンカ航空がまたちんたらして何回もサイン書かせたり、また親が子供を勝手にあっちこっち連れて行ったり収拾つかず。親おらん方がほんまいいわ。

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 記念写真もそこそこに出発。何人かの親は涙・涙・・・。たった2週間なんですけど・・・。さすがコロンビア人家族愛強すぎ。そして僕もおかんたちから猛烈ベシート(ホッペにキス・中南米の挨拶)攻めにあう。なんとか待合室へ。

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 いざ首都ボゴタへ。

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 ボゴタでは国際協力庁と外務省へ表敬訪問。『あなたたちはコロンビアの代表として行くんだからコロンビア大使のような気持でいってらっしゃい。』と激励を受ける。また外務省はさすがは国の外の顔。建物もきれいで中も見学させてもらう。何人かはカメラを持ってきててこの時点ですでにメモリー半分以上。あんた日本でとらなあかんやろうに。きれいな赤じゅうたんの上に座ったりさんざんです。

 夜ボゴタの空港に戻り、エアカナダでチェックイン。いよいよ日本に向けて出発です。

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 11月18日(水)

 朝7時カナダ・トロント着。乗継5時間。まだまだ写真撮る、地べたに寝る、行儀が悪い、日本では許されないからと日本行きの飛行機に乗る前に注意する。

 正午12時定刻通りエアカナダにて東京に向け出発。フライトは14時間。さすがに長い・・・。そしてこいつらコーラ飲みすぎ。半分を過ぎたあたりでスチュワーデスもびっくりのコーラ切れ。カナダ人スチュワーデスはコーラを注文するうちの選手に『BAD BOY』と思いっきり言うてました。まあ子供らどうせ英語さっぱりわからんからええけど、客に対してよう言うわ。言われる方も言われる方ですが。

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 お箸の練習中


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 11月19日(木)

 日付変更線をまたぎ、午後3時頃定刻通り成田着。

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さすがに14時間のフライトに疲れた。でも子供らは元気。荷物を受け取りターミナル変更。伊丹空港行チェックイン。

 待合室で相撲を見る。見ているのは外国人と日本人の年配の方のみ。大丈夫か日本の国技は??

 夜8時伊丹空港着。出迎えに元隊員や知人もきてくださった。

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 しかしさすがの長旅にコロンビア人もぐったり、口数が少ない。それとも初めての日本に緊張?しかし子供たちはETCにびっくり口々に『あれはどういうことだ、お金は払わなくていいのか??』そして大阪の町並み、ビル街にびっくり。僕も『あ〜、クラクションのならない静かな道、久しぶりの日本や〜。』

 渋滞もなく9時半前に交野市役所着、コロンビア人を各家庭に引き渡し。疲れ気味、緊張気味のコロンビアの子供たちとは対照的に日本の受け入れ家庭はわくわくどきどき楽しそう。

 夜我が家に2軒ほど電話があったが時差ボケか眠たいのに眠れない・・・。


 11月20日(金)

 朝9時交野市役所集合。意外とみんなかなり元気そう。受け入れ家庭とも仲良くしている模様。何人か野球道具やユニフォーム忘れてくる。受け入れ家庭が取りに帰ってくれる。すんません早速迷惑かけて。市長に表敬訪問。

 その後スペイン語が話せる交野在住者2人にも付き合ってもらい、とりあえず道頓堀へ。心斎橋筋を歩いていると前からラテンっぽい人が、するとなんとコロンビアから旅行に来てておなじカリ市出身、初日から地球の裏側でなんたる奇跡か!!

 とりあえず定番の写真と、たこ焼き。なかなかタコには苦戦しておりました。

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 難波にてボーイズリーグの事務所表敬訪問。堺ビッグボーイズ代表・プロスペクト株式会社社長、瀬野竜之介氏からカタカナで名前の入ったオンヨネ社製ベースボールシャツと、ジャンバーが贈呈される。

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 またボーイズリーグからバットやリストバンドなど大量に。子供らは取り合い。

 電車で京セラドームへ。駅から出ると巨大なドームが現れ、みんなびっくり。中に入っても試合そっちのけで30分はドームの写真。

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 1試合目終了しましたよ(笑)。

 2試合目の前にシートノック。さすがに日本の社会人ほとんどエラーしない。強がって『エラー1つした、2つした。』って言っているくせに、実は社会人野球をプロ野球と勘違いしてしまうほどレベルが高いのは認めている。で、集中して2試合目を見始める。そうそう勉強していってください。

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 試合観戦は集中してみていてよかったけど、高いお金を出して買った弁当をほとんど残していた。それで僕に怒られる。『寄付してくれた人の気持ちを考えなさい。食文化が違うからおいしくないと感じるかもしれない。でもあんたらはたくさんの日本人の寄付のお陰でこれてそのお金でご飯も食べれるんやで。明日から全部食べないなら食事は与えない。』1日目で気づいたことが不幸中の幸い。

 その後城東工科高校にて練習に参加させてもらう。初めての日本の練習に緊張気味。でも子供たち通しはすぐに打ち解ける。言葉もわからんが見よう見まねで練習に参加。アップ、キャッチボール、ノック、Tバッティング。コロンビアではグラウンド内をちんたら歩くくせに日本人につられてみんな駆け足移動。そして道具もきっちり並び、初めてのグラウンド整備。やっぱ環境って大きい。日本人のきびきびした練習に参加させてもらい大満足のコロンビアの子供たち。練習後もお菓子とジュースを出してもらい。各自にボールとTシャツのプレゼント。Tシャツの裏には『勇気・素直』の2文字が。これコロンビア人に最も必要な言葉です。城東工科のみなさん本当にありがとうございました。

 
 11月21日(土)
 
 朝交野より、電車で河内長野へ。カベッサ遅刻。ペレア電車のホームにユニフォームと野球道具を置き忘れ。朝からコロンビア炸裂です。特にペレアは前日堺ビッグボーイズの代表瀬野氏に『明日はホームラン4本打つからな!』と宣言していたくせにこのザマ。

 堺ビッグボーイズに練習参加。バッティング練習は本数決まっているのにひたすら打ち続ける。相変わらず自分勝手。昼からは守備練習も。だいぶ寒いけど、日本人たちのきびきびした行動につられて、コロンビア人もハッスル。やっぱ環境って大事。

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 石ころ一つなくきれいなグラウンドにもびっくり。そしてそれを選手たちが自分たちできれいに整備しているということにびっくりのコロンビア人。みんなこの時点で、どっぷり日本の野球に惚れ始める・・・。

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 その後予定にはなかったが翌日雨の予報も出ているので試合を少ししてもらうことに。相手は準レギュラーくらいのチーム。しかし全く歯が立たず11−0で負ける。

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 その後河内長野の宿泊施設でBBQをしてもらう。日本の少年たちも一緒に食事、宿泊も。コロンビアの肉とは違い、日本の柔らかいお肉にびっくり。みんなおいしいおいしいと、たくさん食べる。

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 その後宿泊施設のお風呂が壊れていたため、スーパー銭湯へ。コロンビアはシャワーしか浴びず、しかも共同のお風呂もないので人前で裸になることは非常に恥ずかしい。ほとんどの子供が拒否。コーチもひきつった顔で拒否。しかし全員とりあえず連れて行く。

 結局2人だけ入らずに、8人の子供とコーチはひきつった顔のまま入る。そしたらみんな初めてのお風呂に大満足。みんな最高に露天風呂が気持ちいいらしい。ほらみたことか日本の風呂は世界一じゃ。みんな大満足でお風呂を出る。しかしバスタオルを水につけてしまったため、乾かすタオルがない。そしてドライヤーで体を乾かすコロンビア人、なんでもありですね。

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 夜は日本の子供たちはなかなか寝ないけど、コロンビアの子供たちはバタンキュー。


 11月22日(日)

 朝5時起床。今日は朝から堺ビッグボーイズの試合の応援に。まず2時間前にグラウンドに到着してアップを始めることにびっくり。なんせコロンビアは10分前に来ますから。そして審査。日本の大会は約2カ月前にメンバー表を提出、冊子もしっかり作り、当日は審査を行い本人確認。大会を2日前に企画するコロンビアとは大違い。こういう開催力・準備力というのは日本が世界一かもしれない。行き当たりばったりのコロンビアとは大違い。みんなこの審査に口がアングリ。コロンビア野球の連盟よ、見習いなさいこの大会企画を。

 相手はなかなかの強豪チーム。そこで瀬野代表、コロンビア人を集めて『今日の相手は非常に強い。どうしてもコロンビアのみんなの応援が必要や。日本ではベンチに入れない子が応援する。今日はみんなの力を貸してほしい。お願いする。』と。コロンビアではベンチに入れない子は応援どころかまず家に帰ってしまう。親が連れて帰る。ベンチにいる子だって『おれの方がうまいんだからおれを出せ。』と言う。そんな子供たちに応援しろと言っても聞かないだろう。ここはひとつ『力を貸してほしいとお願いしてみよう。』と。まさに調子に乗りやすいコロンビア人。『ようし、任しとけ!!』と、ついつい簡単に乗せられてしまいました。

 試合は序盤相手チームが長打で1塁から一気にホームを狙ったランナーを、堺ビッグボーイズの見事な連係プレイによりホームでアウトにする。これにはコロンビア人目が飛び出すほどびっくり。

 そしてコロンビア人も応援で本領発揮。スペイン語で歌う、吠える、口笛を鳴らす。相手チームはビックリ。強豪相手も確実に得点を重ね、堅実に守った堺ビッグボーイズは余裕のコールド勝ち。コロンビア人は『おれたちのお陰で勝ったんだ。ご褒美はなんだ?もう一回銭湯か??』お前ら昨日あんだけお風呂ビビってたくせに(笑)。

 昼からは河内長野で試合をさせてもらう。『お前ら知ってるか?相手チームはもうお前らと試合したくないらしいぞ。どうせ弱いから相手にならなくて試合しても意味ないからって。』そういうと『昨日のおれたちは駄目だったんだ、集中できてなかった、今日は大丈夫だから試合さしてほしい。』と。よしわかったそれならお前ら直接お願いに行ってこい。それぐらい責任もって野球をやれ。

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 相手は午前中の試合で主力が出ていたので控えのメンバーを中心に。小雨がパラパラと降り寒かったが試合は白熱したいい試合に。お互いいいプレーが何回も出る。延長戦かと思われた0対0の最終回の裏、コロンビアチーム1死1・3塁からペレアがクリーンヒットでサヨナラ勝ち。いい試合でした。

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 試合後は恐怖の坂道ダッシュ。日本人はつらい練習も黙々とこなすんです。そんな地道な練習もコロンビア人に伝えたい・・・。みんな吐きそうな顔して走ってる。

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 最後に選手や父兄、指導者のみなさんにお礼とコロンビアから記念の国旗のガラした腕輪をプレゼント。本当にありがとうございました。

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 11月24日(月・祝)

 朝から岡山へ向けて出発。車2台に分乗。途中サービスエリアで食事。チーム1小柄なギサードに、チームメイトが爪楊枝2本を渡して『お前の箸、ここにあるぞ。』と。日本でこんなことしたらいじめやと訴えられそうやけどコロンビア人は余裕。その爪楊枝箸を使って食べようとして見せおどけてみせるギサード、かわいすぎる。

 岡山では心導流空手宇城憲治師範による指導を受ける。コロンビアの子供たちがどのくらい理解できるのかと心配していたが、宇城師範の指導に言葉の壁は全く関係なく、体で彼らはたくさんのことを学んだ。そしてこの頃から子供たちが口々に言いだす。『おれは、コロンビアに帰らない、日本に残って野球をしたい。家族も彼女も大切だけど自分の将来のためにここで暮らして野球をして、プロ野球選手・メジャーリーガーを目指すんだ。』みんなコロンビアで野球をするより日本で野球をした方が絶対うまくなると体で感じ取っているようだ。

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 11月25日(火)

岡山から再び大阪へ。前日は岡山市よりだいぶ大阪寄りに宿泊していたため、姫路から新幹線に乗せる。まず姫路駅を通過する新幹線にビックリ。あまりのスピード。電車すら日本に来て初めて見た子がほとんどなのに、あの猛スピードで駅を通過する新幹線にみんな目ん玉が1メートルくらい飛び出す。人間驚くとほんまに目ん玉飛び出すんやなと実感。その後新幹線で大阪へ。

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 JICA大阪へ表敬訪問。

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 その後大阪城へ。

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 そして大阪市内で歓迎会。平日の割に意外とたくさんの人が参加してくださいました。ありがとうございました。

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 11月25日(水)

 朝、交野のホームステイ先を出る。別れおしそうな受け入れ家庭の人たち。ほんまにお世話になりました。そのまま京都の清水寺へ。紅葉がきれいやった。大きなお寺にコロンビアの子供たちもびっくり。キリスト教の教会とはぜんぜん違うしな。清水の舞台から飛び降りるつもりで野球頑張って!!

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 そのまま特急で福知山へ。京都創成大学の選手たちと合同練習。シートバッティングさせてもらい、パスがレフトへクリーンヒット!!小林敬一良監督『よし、パス、お前日本に残って野球せえ!』の一言にパス、満面の笑顔。

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 その後3件に別れてホームステイ。おれは5人の子供たちとともに、焼き肉をごちそうになり。疲れ果てた子供たちは3つの布団で5人全員が爆睡。めっちゃかわいかった。わがままな奴らもごはん食べてる時と寝てる時はかわいいもんです。

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 11月26日(木)

 午前中、京都の強豪校福知山成美高校の練習に参加させていただく。なんとここの田所監督、元グアテマラ野球隊員で以前から親しくさせていただいていた。なのでここの選手たちもどことなくラテン風。コロンビア人もすぐにすっかり打ち解けていた。まず100人近い選手が1チームにいるということがコロンビア人にとって奇跡。そして100人がみんな集中してて、練習が早く回り、ノックの待ち時間もほとんど感じないのが奇跡。コロンビア人はもう完全に日本野球に惚れこんでいます。その後田所監督自ら投手を務めてくださりシートバッティング。カベッサ見事なタイムリーヒット。田所先生お世話になりました。

 午後からは福知山の中学校の授業に飛び入り参加。させてもらう。地理の授業でコロンビアはどこですか〜?日本はどこにありますか〜。なんて。

 その後その中学生と軟式で試合。コロンビア人なれない軟式ながら奮闘。中学校もなかなか強い。試合は白熱0−0。日没が迫り、下校時間も過ぎそうなので3回で終わりましょうと、向こうの先生が。それを子供たちに伝えると怒りだすコロンビア人。おれが決めたんちゃうわい。直接交渉して来い!!そしたらペレアが日本語も話せないのに相手ベンチへ行き監督さんに2本指を突き立てる、もう2回やらせろ!!とばかりに。ペレアの形相に観念した監督さん、わかりましたあと1回やりましょうと。そして試合はその延長4回にコロンビアチームが2点をあげる。交渉して自ら勝つ、この時ばかりはさすがやなとちょっと関心。日新中学校のみなさんテスト前の大変な時にコロンビアの子供たちのために時間を割いてくださってありがとうございました。

 その夜は舞鶴の大きなお寺さんに泊めていただきました。夜お墓に行って肝試しやと言ってたんですが、どこでも明るいラテンのコロンビア人目ったく肝試しになりません。この日もスヤスヤ9時半には寝始めました。そうそう座布団投げて障子を破ったトロ君。30分正坐です。お寺やしね。半泣きでした。

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 11月27日(金)

 旅も後半、電車とバスを乗り継いで伊丹空港へ、飛行機で東京へ向かいます。羽田からJICA本部表敬。その後コロンビア大使館へ。すっかり雰囲気がコロンビアなのでみんな緊張が一気にほぐれます。コロンビアのエンパナーダ、フルーツジュースにみんな顔がほころぶ。大使もあってくださり1時間半も団らん。さすがに時間を気にしないコロンビア。東京でもここはラテンやな〜。

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その後、立教大学の寮へ。


 11月28日(土)

 都内の少年野球チームと親善試合。24−2と豪快に負ける。まあ仕方ない。レベルが違います。でも試合後はすっかり打ち解けて仲良くなり、主導権はコロンビアチーム。その後電車で新宿へ。都庁にのぼって夜景を見ます。いや〜、やっぱ東京夜景。コロンビアとは全然違いますわ。すごすぎます。東京タワーもきれいに見えました。


 11月29日(日)

 朝から立教の同期28歳のおっさんたちと軟式で親善試合。6年もたてばすっかりみんなおっさんに、でも軟式野球はめちゃくちゃ強い。余裕で勝てると思っていたコロンビア人9−0の大敗。これにはさすがに『恥ずかしい・・・』とコロンビア人も珍しく反省していました。

 その後立教大学の練習に参加させてもらい、これで日本での野球の練習はすべて終了。片付けしてくださいね〜。荷物整理してくださいね〜。部屋掃除してくださいね〜。


 11月30日(月)

 いよいよ最終日。西日暮里に向かいます。オンヨネ株式会社のオフィスで千葉ロッテマリーンズの渡辺俊介投手が会ってくれることに!!渡辺投手はWBCに2度出場しており、珍しい下手投げ投手として、コロンビアの子供たちも知っていました。子供たちからはたくさんの質問が『なんで下から投げようと思ったんですか?』『下からカーブなどはどうやって投げるんですか?』『どういう練習をしているんですか?』などなど様々な質問が。

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 そして渡辺投手からも体の小さいギサードに、『体が小さくても活かせるポジションはたくさんあるから、自分のできる仕事を見つけてやれば大丈夫だよ』など暖かいメッセージが。

 サインを書いてもらい、記念写真も。

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 そして渡辺投手がコロンビアの少年に『頑張ってね』と声をかけてくださると、大阪で注入されていたギャグをここで発揮、なんと渡辺投手に向かって『お前も頑張れよ。』よう言いませんわ。最後まで厚かましいコロンビアの少年たちでした。渡辺投手本当にありがとうございました。

 その後電車で成田空港へ。お土産を少し買い。出発ぎりぎりで搭乗ゲートへ。すっごい短く感じた日本滞在。最後にアサヒビールを注入して終了です。4ヶ月後また日本食と温泉楽しみにしています。

 飛行機は定刻通り夜7時バンクーバーに向けて出発。

 8時間後日付変更線を越えて時間が逆戻り同日午前11時にバンクーバー着。10時間の待ち時間ののち夜便でトロントに向かいます。


 12月1日(火)

 朝6時、トロント着。乗継時間は8時間。朝食をとり、搭乗手続きに向かう。パスポートは必要なかったが一応確認のためにみんなのパスポートを出させると1人フローレスがないと言い出す。まあ最初は冗談やろうと思い、探しとけと言って先に搭乗手続きを済ませる。しかし探せど探せどないらしい。エアカナダと空港のインフォメーションにもきいたがない。出発時間はどんどん迫る。

 結局パスポートは発見されず、やむなくフローレスとコーチをトロントに残していくことに。有り金750ドルを預ける。

 そのまま9人の選手と僕でボゴタによる9時頃着。最後の最後でどっと疲れが出ました。

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 パスポートはどうやら飛行機の中に置き忘れたようでロンドンで発見されたようです。

 そのままボゴタのJICAの連絡所で宿泊。


 12月2日(水)

 午前から、国際協力庁、外務省表敬訪問。久しぶりのコロンビア。だいぶ混沌としてますが、僕はコロンビアのこの雰囲気も好きです。子供たちは日本がいいといっていますが。

表敬では子供たちから日本のよかったところがどんどんでてきてなんかうれしかったです。しかし子供たちはこれから厳しい環境のコロンビアで暮らしていかなければいけない、日本に行った子は成長できたけど、まわりの環境もあるので日本のように集中した練習が彼らが続けていくことは難しいと思う。でもそれを彼らが続けていけるように、また日本に行けなかった大半の選手とコーチたちにもなんとか同じ思いを共有できるようにしたいですね。

 カナダで足止めをくっていた2人も今日コロンビアに帰国できる模様。これにて日本遠征無事終了です。

 ご協力いただいたみなさん、そしてすべての日本人のみなさん、コロンビア人、移動で利用したカナダのみなさん、この遠征にかかわってくださって全ての方に心からお礼を申し上げます。

 子供たちは120%日本を楽しみ、体で感じ取り、そしてたくさんのことを学ぶことができました。そして何より日本を大好きになってくれ、『なんて素敵な国なんだ。』とコロンビア人たちが言ってくれることに心から1人の日本人として誇りに思います。

 本当にありがとうございました。残りのコロンビアでの活動も楽しく子供たちと野球をしたいと思います。

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2009年11月17日

明日日本へ出発します

 みなさん、日記が滞っていてすみませんでした。日本遠征に準備と通常練習そしてスペイン語の試験と重なりまして土日関係なく忙しくしていました。

 そしてついに明日子供たち10人とコロンビア人コーチ1人、そして僕の12人で日本へ向けて旅立ちます。

日本への準備は99%OK。パスポート、ビザ、航空券はOK。しかしお揃いで揃えるはずだったユニフォームが・・・。土曜日にはできると言っていたのに月曜の夕方になってもこない。明日火曜日カリ発の飛行機は9時35分。空港に朝一で届けるなんて言っていたけどほんまかどうか・・・?

 まあでもユニフォームが1着なくってもいいじゃないですか。って日本人なら思いますよね。でも見た目重視、中身はあまりみないコロンビア人ですから、着る物だけは本気で命をかけます。お金がなくっても着る物だけは絞り出してくる。やはり美人大国だけあって男も女も見た目が大事なんです。もっと中身磨けよと突っ込みたくなりますが。

 明日はカリを朝出発し、首都ボゴタでコロンビア外務省と国際協力庁に表敬訪問。夜また空港に戻りエアカナダでトロント経由東京着、そのまま成田から伊丹行に乗り換え木曜日の夜に日本到着です。いや〜ほんま長い道のり。地球の裏側からやからしょうがないですね。

 とにかく実感は全然まだわいてないけど愉快なコロンビア人と日本へ向かいます。詳しくは下記のHPをチェック!!

http://www.colombiayakyu.com/

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 前列左から、ギサード、カミーロ、マルロン、ダビ、カベサ、後列左から僕、アルファろ、パス、エスピノッサ、トロ、クエジャル、ブエンディア
posted by 魚 at 13:04| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

チチャロン(chicharron)

 コロンビアでは何か問題があると『チチャロンがある。(hay un chicharron.)』と言います。チチャロンとは豚の皮とその周りの油の部分を揚げた強烈に太ってしまいそうなコレステロールの塊のような食べ物です。でもうまい。

 で、なぜかコロンビアでは問題が発生すると『チチャロンがある。』という、変な話ですよね、日本語では例えば『ここに豚の角煮がある。』=『問題がある。』ということになるんですが、今週はチチャロンだらけの日々です。

 まずは月曜日の拳銃強盗遭遇・・・。

 そして今週末に開催される予定やったボゴタでの大会・・・。

 この大会はもともとコロンビア野球連盟が毎年開催しなくてはいけない大会をコロンビア野球連盟がどこかでmalgastar無駄遣いしてしまったため今年は開催しない。そこでそんな子供たちを不憫に思った首都ボゴタの野球連盟が、『ボゴタで大会を代わりに開催し、食事・宿泊は全額ボゴタが全県分持つので交通費だけ出してきてほしい。』と粋な計らいをしてくれました。やるやんボゴタ。さすがは首都。

 この話がうちの県の野球連盟から僕の所に来たのは10日ほど前、『トモ、大会についていってほしいからトモの分の航空券をJICAにお願いしてもらえないか?子供たちはバスで行くがトモは飛行機じゃないといけないだろ?』と、しかし僕は一旦、わかったとだけ言ってこの話を一度はシカト。なぜならどうせ『やっぱいかなくていい。』って80%くらいの確率で言うから。

 そして2日後、『やっぱりトモは行かなくていい。他のコーチがボゴタに行かなければならない用事もあるから行ってもらう。』ほらみたことか。言わんで正解(笑)。

 と、思ってると次の日『それでトモ、ボゴタへの許可はでたのか?』と。は??あんた昨日おれにいかんでええゆうたやないですか?頭大丈夫ですか??そんな昨日のことは忘れて今日の都合で生きるあなた最高。

 しゃあない、聞くか??

 JICAに書類を書き、即日許可してもらい航空券も予約依頼。

 出発前々日、『他の県はどこも行かないと言い出した。』との情報が入る。行くかも、なんて言っといて行かない無責任どもめ。『どうしよう??』って言われる。おれに聞くな!!『でも行こうやないか、例えボゴタしかいなくても他の県と試合ができるのはいい機会や、ボゴタも準備してくれてるし、各自バス代100,000ペソ(5,000円)だけ払えばいい。これはいいチャンスや。』

 そして出発前日、多数の親がお金を払わないと言う。お金がないわけではなくボゴタしかいないのに払う価値はないみたいな・・・。結局野球協会は行かないと判断する。

 しかし、日本遠征のビザの手続きもあるので誰かがボゴタには行かないといけない。JICAにお願いして大会はなくなったが、他の目的があるのでこのままトモをボゴタに行かせてほしいと依頼するように野球協会に言われる。朝1時までかかって書類を書きなおす。

 翌朝、要するに出発の当日朝、JICAがOKを出してくれる。他の業務もあるのでOKと。それを会長に伝える。『わかった』と言われる。

 航空券をインターネットでチェックインする。

 会長からまた電話が来る。『トモ、他のコーチがやはりボゴタにどうしてもいかなければならないから、あんたはボゴタに行く必要はない。キャンセルしなさい。』と言われる。は??マジ意味わからんから。付き合ってられへんわ。だってビザのためのJICAからのレターは誰から受け取る?週明けに行くといってるコーチがボゴタに行く可能性はどうせ100%じゃない。どうせまた中止とか言い出す。その時の都合でものを言わず、全体を考えましょうよ。。。

 と、いうことで強引にボゴタへ上京。事務所で強盗事件や後任について、また日本遠征の話もできたし、ビザの手続きも順調。今週は3連休、ゆっくり休みますか??いやいややらなあかんことがいっぱいある〜。
posted by 魚 at 22:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月06日

拳銃強盗に遭いました

 こんにちは。毎日いろいろなことがおこるコロンビアです。

 月曜日は練習がいつもより早く夕方6時半に終了(通常は8時半に終了)したので、バスで近所まで帰り近くのスーパーで買い物をして、家までの500メートルの道のりを歩いていました。

 まだその時点で7時半、大通りですぐ近くに百貨店もあり人通りも多い中、突然待ち伏せしていた20代の男に『携帯電話をよこせ』と言われる。よく見ると手には拳銃が握られている。

 相手も慣れていない様子で一瞬戦うか逃げるか考えたが、もし拳銃が本物で撃たれて命を落としては元も子もない。携帯電話を渡すと、『金を出せ』という、従おうと腹巻をまさぐるが5,000ペソ(250円)しか入っていない。犯人に申し訳ないがそれを渡す。あまりに少なくてキレて撃ってきたらどうしようと渡しながら考えた。むしろ『ATMに行けばもう少しおろせるけど。』と言おうとしたら、犯人は握りしめた額を確認もせず自転車に乗って逃走。

 とりあえず、こちらに銃口を向けることもなく、怪我ひとつ、恐怖心もあまり感じずにすんで本当によかったです。

 犯人は同年代かもう少し若いか。憎しみはわかず、むしろ同じ年数を生きてきても環境によっては加害者側と被害者側にわかれるのかと感慨深くなりました。『拳銃強盗なんてやめて、おごるから一緒に酒でも飲みに行こうぜ。』と言いたくなるような。

 ここカリ市はコロンビアでも危ない街と言われ犯罪件数も多いのも確かですか、自宅近くのかなり安全な地域で、しかもまだ人通りの多い7時半に狙われたのには驚きました。

 しかしこれからも通常帰宅は夜9時から9時半。やっぱり日が暮れたら無線タクシー(流しのタクシーもよく強盗になるらしい)での帰宅をするべきですね。

 JICAコロンビア事務所のみなさんが親切に対応してくださってほんまに助かりました。

 みなさん今後ともどこにいても気を引き締めて生きていきましょう。
posted by 魚 at 22:24| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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